|
|
 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
 |  |  |  | |
|
|
|
作成者 : 管理者
作成日 : 2010/07/20 照会 : 18 |
|
|
| タイトル |
偶像と銅像 |
|
|
偶像と銅像
トルクメニスタンで終身大統領として君臨したニヤゾフ大統領は、2006年に死去するまで全国民に対し、自身の語録『ルフナマ』の内容を暗記させた。語録の内容は、運転免許試験にも出題され、同国のすべての紙幣には自身の肖像画が印刷された。官僚は、大統領の顔が刻まれたバッジを着用した。テレビをつけると、画面右上には大統領の顔が常に表示されていた。北朝鮮で金日成(キム・イルソン)主席が「父なる首領」と呼ばれたように、ニヤゾフ大統領は「テュルクメンバシュ(トルクメン人の長)」と呼ばれていた。
ニヤゾフ大統領は自身の銅像を全国数百カ所に建てた。大統領宮の広場脇の高さ63メートルの尖塔上部にも、12メートルの金色の銅像が設置された。右手を挙げたニヤゾフ大統領の銅像は、太陽の動きを追うように回転したため、「ひまわり銅像」とも呼ばれ皮肉られた。新婚夫婦は、独立公園にある大統領銅像の前で記念撮影を行った。北朝鮮の新婚夫婦が平壌の万寿台にある金日成主席の銅像前で写真を撮るのと一緒だ。ニヤゾフ大統領は、「中央アジアの金日成」と呼ばれていた。
1972年に金日成主席が還暦を迎えるのに合わせ、万寿台に建てられた金日成銅像は、高さが20メートルに達する。金37キロで塗装されたが、光が反射して写真がうまく撮れないため、金ははがされ、赤みがかった銅色に変身した。78年に中国のトウ小平氏が訪朝した際、「個人崇拝の度が過ぎる」と指摘され、金の塗装をはがしたという話もある。金日成主席の銅像は主要都市に70体設置され、学校、企業の「革命思想研究室」にある石こう製の胸像まで含めると3万5000体にもなる。
金日成銅像の設置は、金正日(キム・ジョンイル)現総書記への後継作業が始まった70年代以降、金正日氏の主導で進められた。そして最近、金正日総書記の全身銅像が初めて公開された。人民武力部の機関紙は昨年5月、「人民武力部革命史跡館にわが国で初めて、最高司令官同志(金正日総書記)の軍服姿の銅像が展示された」と報じた。北朝鮮専門家は、金正日総書記の後継者とされる三男、ジョンウン氏が銅像の設置にかかわったとみている。金正日総書記が金日成主席を偶像化することで後継体制を固めたように、ジョンウン氏も政権引き継ぎへの基盤固めに入ったとの見方だ。
現代史はある時代の偶像が悲惨な形で崩壊される光景をあちこちで目の当たりにしてきた。レーニンの銅像は足が折れた状態で首にロープをかけられ、無造作に倒された。スターリン、マルクス、チャウシェスクに続き、フセインの銅像も倒され、市民に靴底で顔をたたかれた。「中央アジアの北朝鮮」と呼ばれるトルクメニスタンでも、回転するニヤゾフ大統領の黄金の像を撤去し、新たなモニュメントを建てる計画だという。だが、世界が催眠から目覚めた今の時代に相反して、北朝鮮では新たな偶像化の波が押し寄せている。
|
|
|
|
|
|
[ 次文 ] 外国人妻たち、国家人権委前で記者会見 [ 現在文 ] 偶像と銅像 [ 以前文 ] 人口調査員に女性が多いワケ
|
|
|
|